火垂るの墓

火垂るの墓は実話?清太や節子と原作者野坂昭如の関係とは?

火垂るの墓 実話

(火垂るの墓は実話?原作と映画はどう違う?)

 

日本の戦争アニメの金字塔【火垂るの墓】は、

ファンタジーなものが多いジブリ作品では異色の、

戦争を題材にした作品としてあまりにも有名ですよね。

この火垂るの墓は、作家の野坂昭如さんの短編小説が原作となっています。

完全実話ではないものの、野坂さんの実際の戦争体験を元に作らた物語です。

この記事では、火垂るの墓で実話とされている部分や、

原作小説とアニメとの違いなどをご紹介いたします。

原作者の野坂昭如さんの生い立ち

原作者の野坂さんは1930年生まれで、11歳~14歳の頃に戦争を経験しています。

清太のモデルは野坂さん本人で、節子のモデルとなった女の子は野坂さんの実の妹です。

野坂さんには妹が2人いましたが、その2人とも戦時下で亡くしています。

2人の妹のうち、下の妹を「疎開先で栄養失調により亡くしている」ことから、

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節子のモデルは下の妹であることが分かりますね。

清太は実は「ひどい兄」だった

上で見たように清太のモデルは野坂さんご自身なのですが、

実際の野坂さんは、清太のように献身的に妹の面倒を見る「優しい兄」ではありませんでした。

これは野坂さん自身がおっしゃっていることです。

野坂さんはのちの自伝小説で、泣いている妹を泣き止ませるために暴力をふるったり、

妹の分の食料を妹には僅かしか与えず、ほとんど自分で食べていたと語っています。

これは、野坂さんが妹を嫌っていたわけではなく、

戦争の激化により、野坂さんの生活も困窮して余裕がなかったことが原因です。

野坂さんはその後そのことを悔いて、妹への贖罪の意味で火垂るの墓を執筆しています。

原作小説とアニメの違いは?

アニメ火垂るの墓は、ほぼ原作に忠実に作られています。

それでも原作とアニメでいくつか違いがあるので、代表的なものをご紹介しましょう。

節子の死の表現

節子の死の表現が原作とアニメで違っています。

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原作では、清太が池で泳いでいる間に節子が亡くなっていました。

しかしアニメでは、清太がスイカを買ってきて節子に与えたものの、

節子はすでに栄養失調で衰弱しきっており、そのまま息を引き取っています。

また、節子の火葬に関しては、

原作では清太が市役所に頼むと、火葬場が満員で断られたため仕方なく自らが節子を火葬していました。

ですが、アニメでは節子の火葬をめぐる市役所とのやり取りがカットされています。

節子の死の表現は、原作よりアニメの方がより兄妹2人の時間を強調している演出が印象的です。

ラストシーンの神戸の街並み

戦時中の神戸が舞台の【火垂るの墓】ですが、

ラストではアニメのオリジナルシーンとして、高層ビル群が立ち並ぶ現代の神戸の街並みが描かれています。

その現代の神戸の街並みを、亡くなった清太と節子が見つめているという演出がされていました。

あのラストシーンからは、現代を生きる我々に対する強いメッセージ性を感じますよね。

高畑勲監督によるアニメの力

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高畑監督は、リアリズムを追求することに定評がある監督です。

当時の実写の合成技術などでは難しかった表現も、

アニメだからこそ、よりリアルかつ自然に表現できているのではないでしょうか。

空襲に来た爆撃機B-29の挙動や、

爆撃の際に使用された焼夷弾の炎の家屋への燃え広がり方なども、徹底研究されて描かれています。

そういった細部への監督のリアリズムへのこだわりも、

火垂るの墓が、あたかも完全実話であるかのように思わせる要因だと言えますね。

野坂さんがアニメを観た感想

野坂さんはアニメ【火垂るの墓】を絶賛しています。

野坂さんは当初、アニメの手法で作品の根幹である、

飢えた子供や当時の戦時下の雰囲気を描けるのか危惧していたそうです。

しかし、現地でのロケハンを元に描かれたスケッチを見て、

再現度の正確さを見て驚き、作品に寄せたコメントで「アニメ恐るべし」と語っています。

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